クリス・フルーム、勝利への執念
しかし、クリス・フルームという男は、登坂力と独走力だけでなく、ダウンヒル(下り)においても他を圧倒する力を持っていた。
フィネストーレの下り、ガードレールもない狭い山道を、フルームはギリギリのコーナーリングと「トップチューブに座りながらペダルを回す」という危険極まりないテクニックでもって、一気にデュムランたちとのタイム差を開けていった。
【フルームの「トップチューブに座りながらペダルを回す」フォーム 2016年ツール・ド・フランス第8ステージ 1:56〜】
対するデュムランも、決してダウンヒルが苦手な選手ではない。
しかし、「集団で追う方が有利」という気持ちが先行したのか、下りが苦手なピノたちを待った結果、下り終わったときのタイム差は1分30秒にまで開いていた。
「追いつけるだろう」から、「追いつけないかもしれない」と思えてしまうタイム差だ。
このアタックからゴールまでのフルームの平均速度は、3つの大きな山を越える道程にも関わらず33km/hであった。
彼が80kmという無謀とも思える距離の独走を成し遂げることができたのは、彼がもはや「失うものは何もない」という精神状態にあったからではないだろうか。
すでにグランツールを5回総合優勝しているフルームにとって、ジロ参戦の目的は総合優勝以外にはないはずだ。
勇気と覚悟、飽くなき勝利への執念を持ち続けた結果だろう。
一方、デュムランはピノたちを待った。
ここでデュムランが、一人でフルームを追走するという選択肢を取っていたとしたら、状況はまた変わっていたかもしれない。
下りが終わったあとも追走のペースは上がらず、タイム差はひたすらに開いていくばかりだった。
もはや、挽回の余地はなかった。
チャンスを失ったデュムランはこの日、2分54秒というタイム差を大きくひっくり返されて、総合首位マリア・ローザをクリス・フルームに明け渡してしまう。