進化する若き天才クライマー「サイモン・イェーツ」

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今大会最初の本格的な山頂フィニッシュとなった第6ステージ「エトナ」。

ラスト15kmから始まる登坂路で、先頭は2016年大会総合2位のエステバン・チャベス(ミッチェルトン・スコット)を含む約8名。

トム・デュムランやクリス・フルームなど総合優勝候補を含んだメイン集団はその後方、1分ほどのタイム差をつけて追走していた。

山頂まで残り5km。勾配10%弱の厳しい区間で、先頭集団にいたチャベスがアタックを仕掛けて独走を開始。メイン集団もアスタナ・プロチームの強力な牽引でタイム差を20秒近くにまで縮めたものの、先頭のチャベスがそのまま逃げ切りステージ優勝することはほぼ確実視されていた。

定石を覆したイェーツ

そうなると、問題はメイン集団の2位、3位争いである。すでに各チーム、エースしか残っていない。自転車ロードレースの常識として、「前で牽引する」ことはその後ろを走る選手たちと比べて不利な状況を生み出す。だから、メイン集団の中においても、先頭で「前を牽く」責任をなすりつけ合う、いわゆる「牽制」の状態に陥っていたのである。
この均衡を打ち破ったのが、チャベスのチームメートであり、現在総合3位につけているサイモン・イェーツであった。

普通、エースとも言うべき選手が先頭を走っている中、そのチームメートがこれを追いかけることは、戦術的には悪手とされている。

もしも彼が先頭を追いかけたことにより、その背後にライバルチームが張り付いて結果的に彼らを「連れていって」しまうことになれば、先行して逃げていたエースの邪魔をしてしまうことになるからだ。

むしろ、前を逃げている選手がいるのであれば、集団の中のチームメートはこれを先頭で「追いかける」必要がなく、体力を温存することができる。だからエースが逃げているときチームメートは集団の中でじっと待っていることが定石なのである。

しかしイェーツはある意味、これを逆手に取ったと言えるのかもしれない。

ゴールまで残り1.5km。牽制するメイン集団の先頭に出たイェーツは、突如、進路を右に取り、集団が走るコースからあえて外れてみせた。

そうして彼は振り返り、集団の様子を眺めた。集団の中のライバルたちは、「まさか行くわけないだろう」と、イェーツではなく、その他のライバルたちを警戒していた。

これを確認したイェーツはペダルを強く踏みなおし、加速。
唯一、ティボー・ピノだけがこれに反応しようと動いたが、そのときには既に、イェーツは十分な速度で距離を開き始めていた。

チャベスが逃げていたおかげで、体力の温存ができていたことも、イェーツのこのアタックを成功させる要因となっただろう。彼の爆発力の前に、集団の中のライバルたちは手も足も出なかった。

第6ステージ:ハイライト 1:40~ イェーツの加速

20秒のタイム差を一気に詰めてチャベスに追い付いたイェーツは、そのまま彼を追い抜いてその前を牽引する。最終的にゴール地点にまで辿り着いたとき、メイン集団とのタイム差は26秒にまで開いていた。それだけ、イェーツのスピードが圧倒的だったのだ。

そしてイェーツはここで、あくまでもエースであるチャベスに先頭を譲った。彼が勝利のガッツポーズを見せる中、イェーツもまた、両手を掲げてチームとしての勝利を喜んだ。

クライマーからオールラウンダーへ

サイモン・イェーツは今年のジロで、もう1つの素晴らしい走りを見せてもいる。それは第1ステージ、個人タイムトライアルである。

イェーツは本来、この個人タイムトライアルを得意とする選手ではなかった。過去のレースでも、基本的には優勝者から短くとも30秒近く、場合によっては1分以上のタイム差をつけられてゴールしている。クライマーというのは、本来個人タイムトライアルを苦手とする選手が多いので、これは仕方がないことだった。

しかし、今回のジロ初日の個人タイムトライアルで、彼は優勝者デュムランから20秒差での7位という、悪くない結果を叩き出した。デュムラン以外の総合優勝候補たちの中では最も良い成績であったとも言える。

結果、この第6ステージを終えた段階でイェーツは、総合成績首位の選手が着る権利をもつマリア・ローザも獲得している。

山岳は強いけれども個人タイムトライアルは突出しない「クライマー」から、山岳だけでなく個人タイムトライアルも強く、真にグランツールの総合優勝を狙える存在である「オールラウンダー」へ。

「ポスト・フルーム」としての台頭は、想像していたよりもずっと早く訪れるのかもしれない。

ジロ・デ・イタリアの第1週を終え、2名の注目選手をピックアップして振り返ってみた。
彼ら2名は2週目以降も引き続き注目すべき選手であることは間違いない。

そしてまた、より厳しく、より予想のつかない展開が2週目には待っていることだろう。この1週間を全力で楽しみ、また新たな注目選手を見つけていければと思う。

Text:Tamaki Suzu

ジロ・デ・イタリア2018公式ウェブサイト:http://www.giroditalia.it/eng/

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